廣池千英旧蔵目録

0. 解説 目録解説 外国語学部 櫻井良樹
I. 小冊子 協調会出版物 社会政策資料、特別講座、農村問題資料、福祉施設資料、労働事情調査報告、労働者教育資料
その他
II. 袋入文書 001-049
050-139
III. 謄写版 謄写版資料 特別資料、労働事情調査資料、労働運動調査資料、農村問題調査資料、海外労働統計、小作立法資料、農民運動資料(昭5)、無産政党資料、一般労働統計資料、資料、産業合理化問題資料、労働者教育調査資料、福利施設調査資料、謄写版資料(その他)
印刷物の雑書類
IV. その他 雑書類
メモ等
新聞切抜

解説

ここでは『麗澤学際ジャーナル』4巻1号、1996年に掲載した廣池千英旧蔵「社会・労働関係文書」解題を掲げます。
この資料は麗澤大学図書館の所蔵です。
マイクロフィルムで見ることができます(雑誌は現物で閲覧できます)

故廣池千英氏の旧蔵にかかる社会・労働問題関係文書について−整理作業報告−

櫻井良樹


1.

ここに紹介するのは、麗澤大学初代学長の故廣池千英氏(以下、廣池と記す)が遺した、大正時代後半から昭和初期にかけての労働問題関係の雑誌・小冊子をはじめとする諸資料の目録である。ここに紹介した資料類は、近く麗澤大学図書館で公開される。

 まず廣池の略歴を、第二次世界大戦までの時期に限って年表風に記しておく。

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明治26年(1893)2月 京都に生まれる
大正 3年(1914)7月 第六高等学校(岡山)を卒業


9月 京都帝国大学法科大学政治学科入学
4年(1915)9月 東京帝国大学法科大学政治学科第2学年に転入
6年(1917)7月 東京帝国大学法科大学政治学科卒業



富士瓦斯紡績株式会社入社
13年(1924)4月 富士瓦斯紡績株式会社退社


9月 財団法人労資協調会参事に転ず
昭和6年(1931)5月 財団法人労資協調会退職
以後、道徳科学研究所次長として父の事業を助ける
13年(1938)6月 道徳科学研究所所長・道徳科学専攻塾塾長を継承
17年(1942)2月 財団法人廣池学園を設立し理事長に就任


4月 東亜専門学校校長に就任


 本目録に掲げた資料は、このうち富士瓦斯紡績および労資協調会時代に関わる資料群である。

 労資協調会(以下、協調会と記す)は、第一次世界大戦前後から盛り上がりを見せつつあった労働運動をはじめとする諸社会運動に対して、政府の肝入りによって大正8年12月に設立されたものである。設立目的は、その名前が示すように、事業主と労務者との協調を図り、社会政策的施設の調査と、その実行を促進することであり、事業としては社会政策に関する調査研究および公表、社会政策に関し政府の諮問に応じ、政府その他の公私機関に意見を提出すること、講演会・図書館等の開設などが掲げられていた(『財団法人協調会綱領』より)。

 廣池は、富士瓦斯紡績勤務時代(大正6〜13年)にも、あるいは職工係・人事係として、あるいは本店調査部で、戦前における労働問題がもっとも典型的に現れた紡績女工・職工の労務管理業務に携わっており、それに引き続いて大正13年9月からは協調会の調査課および労働課で労働問題・社会問題の研究・調査に関わった。つまり大正6年〜昭和6年までの14年間を労働問題と深いかかわりをもって過ごしたのである。したがって本資料群のほとんどが、労働問題・社会問題に関するものである。

 廣池は協調会時代について、つぎのような回顧を残している。長くなるが参考のため引用しておく(『廣池千英選集』第5巻481〜486頁)。

 私が協調会(財団法人労資協調会、のちに財団法人協調会)に在職していた期間は、合計七年間です。
 最初の三年半は国内の労働事情の調査を担当しました。労務課〔調査課の誤り……櫻井注〕というのですが、そこには私を含めて参事が四人いました。そしてそれぞれ各産業を担当して、労働条件、労働事情の調査をしたわけです。私はおもに、繊維産業、運輸交通の方面を担当しました。調査が主ですから、どちらかといえば静的方面の仕事です。これを三年半やりました。
 あとの三年半は、労働運動とか無産政党とかの動的方面のことを扱う労働課というところに移りました。そして労使間の争議の調停などをやったわけです。私が手がけたものの中では、昭和二年の九月に始まった野田醤油の労働争議が一番大きなものですね。この争議が解決したのは翌年の四月十九日だったと思います。解決までに七か月かかった、当時においては日本で一番長い争議だといわれたものです。
 その争議の調停の原案を私がつくりました。協調会の常務理事の添田(敬一郎)先生と私ともう一人で、湯河原の天野屋へこもって調停案をつくりました。
 〔中略〕
 野田醤油以外にも、協調会時代にはいろいろと調停をしていますよ。沼津の東京麻糸紡績の争議も、これは純粋に私が調停したといえるでしょうね。調停の日には私の上にいた草間課長が調停者として判を押し、私は立合人として判を押したわけですけれども。
 協調会というのは、今の中労委(中央労働委員会)にあたるのでしょうね。六高(旧制第六高等学校)の一年後輩の桂皋君が労務課にいて、繊維工業を担当していました。私が協調会に入る前に富士紡(富士瓦斯紡績株式会社)にいた関係で、桂君がいろいろ資料を頼みに来ると、私もさし支えのない資料は桂君にみんな教えた。そういう関係で、私に協調会へ入らないかということで、私も希望して協調会へ入ったのです。
 〔中略〕
 協調会の前の富士紡にいた時は、工場三年半と本社三年半、七年間です。工場では人事係、本社では調査部です。全国から労働人事というか、職員の人事に関する書類がみんな集まってきます。病気しただの、負傷しただの、救済だのと、そういう書類をずうっとまとめて、私がそれに対していいか悪いか決裁して、それで部長に出すわけです。
 富士紡七年、協調会七年と、ずうっと十四年間一貫して労務問題というか労使問題を扱ってきたわけですね。


2.

 廣池が昭和43(1968)年8月に亡くなった時、所有していた書籍・書類などは、本学敷地内の麗澤館と群馬県水上の谷川講堂の麗雲山荘に分かれて残されており、それらの資料は、麗澤大学図書館、モラロジー研究所(道徳科学研究所)研究部経済研究室・同廣池千九郎記念館などに分散して運びこまれたようである。さらにその後、関係資料は、施設の改築や前学長廣池千太郎の死亡後などに追加されたようである。

 これらの資料類は、関係者のその時の判断によって、たまたま上記の箇所に分散して運びこまれただけであって、管理および保存の方針は必ずしも明確ではなく、また予算処置もなく、保管場所も移り、結局のところ廣池千九郎記念館敷地内の土蔵に積み込まれたまま未整理の状態にあった。

 これらの書籍・書類類には、学校法人廣池学園および財団法人モラロジー研究所の歴史的記録として貴重なものが含まれていることは当然推測できるが、既述の回想などから昭和初期の労働・社会問題研究にとっても資料的価値が高いものが含まれているのではないかという予想をもった。これらの資料を放置しておくことは残念なので、まずどのような資料が存在するのかを確認してみようと思い立つに至った。これにはもう一つ別の動機があり、昨年から筆者が野田市史の編纂事業に関わりを持つようになったからである。廣池が野田醤油争議の解決に関係していたことを思い出し、どのような史料があるかを確認する必要が生じたからであった。

 そこで、まず当該資料の時代別粗分類を行うことを計画し、その作業を昨年(平成6年)の7月から9月にかけて行った。分類した資料は、廣池千九郎記念館の土蔵に積まれていたものだけでなく、モラロジー研究所研究部第二書庫にも旧蔵のものと考えられるものがあったため、それらも含めて行った。分量としては、書類保管用の段ボール箱で47箱分である。

 粗分類は、資料を蔵書(単行本・雑誌・小冊子)、文書類(調査書類・報告書類・講演原稿・記事原稿・ビラ等)、書簡に分け、またとくに文書類については (1)富士瓦斯紡績・協調会時代、(2) 次長時代、(3) 校長・所長時代(第2次世界大戦前)、(4) 学長・所長時代(第2次世界大戦後)というように時代別に分けることを目的として行った。

 粗分類作業で一通り史料を通覧して、予想通り、これらの資料のなかには、非常に貴重なものが含まれていることが確認できた。そのうち特に重要なものが富士瓦斯紡績・協調会勤務時代に属するもので、労働・社会問題を中心とする蔵書および社会運動関係の雑誌・小冊子・謄写版印刷の文書等である。これらの史料は、法政大学の大原社会問題研究所(以下、大原社研と記す)所蔵の協調会文庫には及ぶべくもないが、質的にはかなり重要なものを含んでいると思われる。廣池の残した資料のすべてを整理することは当面無理であると考えられるが、ここに紹介する部分については、量も限られているので整理は可能である。何よりも戦前の労働・社会運動を研究する上では貴重なものと考えられるので、早急に利用できるようになればと思っている。また廣池の個人史において、富士瓦斯紡績・協調会勤務時代と以後の活動は断絶しており、資料も業務関係のみであるため、この部分のみを切り離して公開することは差し支えないと考えられる。(1998年4月に該資料は麗澤大学図書館の所蔵となった。問い合わせは麗澤大学図書館まで。1998年9月よりマイクロ・フィルムで公開中)


3.

ここに紹介するのは、富士瓦斯紡績・協調会勤務時代の資料類の内容目録である。便宜上、I(小冊子目録)、II(袋入文書目録)、III(謄写版資料目録)、IV(その他の資料目録)、V(雑誌目録)(本ページには掲載していない)の5つの部分に分けて掲げた。なお蔵書についても、雑誌や小冊子と関連の深いものが多々存在するが、数が多いため今回は割愛した。今回の内容確認作業は、雑誌・小冊子の部分については平成7年の2月から3月にかけて、書類の部分については10月に行った。それぞれの部分について、内容確認の過程で気づいた点について簡単に記しておく。

【I. 小冊子】
小冊子については、活版で印刷されたパンフレット体裁のものを蔵書から分離したものであり、それを目録では協調会の発行にかかるものと、そうでないものの2つの部分に分けて示した。従ってここに掲げたもののほか、蔵書の方にもまだいくつかのものがあると思われる。協調会や諸団体による調査報告、各会社の営業報告書・内規類、労働団体の大会報告などが、その主要部分である。配列は、協調会の出版にかかるものについては、シリーズ名のあるものはシリーズのナンバー順、そうでないものは書名の50音順、協調会以外の出版物については著者あるいは発行者の50音順、それらのいずれもが記されていないものは書名の50音順である。なお大原社研の協調会文庫との比較を行うと、ここに掲げてある協調会出版物は、10数点を除いて協調会文庫に存在する。それに対して協調会出版物でないものは、30数点を除いて協調会文庫には存在しない。

【II. 袋入文書】
この部分については、本文書中でもっとも興味深く重要な部分と考えられる。協調会の袋の中に調査書類がまとめて入れられており、多くは争議件名や調査項目を標記してあり、廣池が調査の際に集めたものを、まとめて分類したものと考えられる。袋の中には、雑誌・新聞記事や各種の印刷資料・ビラから廣池の調査メモ・書簡・電報までもが含まれており、使い方によっては昭和初期の労働事情、協調会による争議調停の経過および労働関係立法の政策決定を窺うことができる。なかにはすでに袋と内容が切り離されてしまって、 の書類の方に混ざってしまったものもある。なお大原社研に所蔵されている協調会原資料(目録には掲載されていないもの)のなかには、同じように件名ごとに協調会の袋の中に収められて保存されている雑多な史料があり、これはこの袋入文書と全く同一の性格を持つ史料と考えられる。袋には番号を仮に与えておいたが、内容から整理しておくと、次のようになる。
番号 件名
001〜004 富士瓦斯紡績勤務時代
005〜007 労働調査一般
008〜012 無産政党関係
013〜021 労働組合一般
022〜029 労働委員会・工場委員会
030・031 失業問題
032 産業合理化問題
033 労働関係法制一般
034〜036 労働組合法
037 労働争議調停法
038 職工募集令
039 健康保険法
040 災害扶助法例
041 小作関係立法
042〜047 協調会関係
048 工場鉱山懇談会
049 教育協議会
番号 件名
050 企業参加
051 万国工業会議
052〜054 海外事情関係
055 水平運動
056 労働争議一般
057〜080 野田醤油争議
081 ヤマサ醤油
082 ヒゲタ醤油
083 藤本製紙
084〜092 交通問題一般
093・094 大阪市電争議
095・096 電気問題一般
097 玉川電気鉄道
098・099 川北電気
100 岡部電気
101・102 電灯料金値下問題
103〜111 紡績業一般
番号 件名
112・113 鐘紡
114〜116 東京モスリン
117・118 東洋紡績
119〜122 富士瓦斯紡績
123・124 富士瓦斯紡績川崎工場
125 倉敷紡績
126〜128 大阪合同紡績
129 片倉製糸
130 日本毛織
131 東京麻糸
132 長崎紡績
133 福島紡績
134 論文原稿
135〜137 新聞切抜
138・139 その他

この中でも、野田醤油争議関係(057〜080)が、かなりの分量に上ることが特徴である。大原社研所蔵の協調会原資料で野田醤油争議関係の件名をつけられているものは少なく、この部分は協調会原資料を補う意味を有する。

【III. 謄写版資料】
ここには謄写版で刷られている調査書類と、その他の1枚物の資料に分けて内容を示した。調査資料は、協調会発行の内部資料が中心で、それに他団体の資料が若干含まれている。1枚物の資料は、 の部分と重なる部分があるが、もともと一緒に納められていたため、便宜上ここに掲げた。このうち調査資料の部分は、大原社研の協調会文庫に存在する物もあるが、約半数にとどまる。ただし協調会原資料のなかに、合冊製本された謄写版資料が存在し、すべてを対照して点検することはできなかったが、そちらの方には7・8割は存在すると見られる。配列は収納順である。

【IV. その他の資料】
これは、まったく雑多な書類やビラ・メモ・原稿・新聞切抜等であり、労働諸団体のビラや各会社の発行にかかるもののなかには、興味深いものがある。配列は収納順である。

【V. 雑誌】
雑誌については、継続しているものは少ないが、労働問題関係のものが数多く存在する。比較的揃っているものは『学士会月報』『講演』『社会政策時報』『大日本紡績聯合会報』『労働統計月報』くらいで、他のものは大正末期から昭和初期に限定されるか、あるいは労働調査・工場調査の過程で収集したものである。ただし、一部のものについては、それを補うものが麗澤大学図書館や廣池博士記念文庫にあり、かなり早い段階でバラバラになってしまったことも考えられる。たとえば、協調会の機関誌は両所にあり、河上肇が中心になって発行されていた『社会問題研究』は大学図書館に、廣池千九郎が深い関係をもっていた『斯道』は記念文庫にも納められている。雑誌ではないが、同じように、麗澤大学図書館には『職工事情』の謄写版のもの(明治36年3月、農商務省商工局工務課工場調査係発行)が収蔵されており、これには表紙に道徳科学図書館・麗澤大学図書館の蔵書印および廣池千英が使用していたと推定される印鑑が押されており、もともとこれは廣池が協調会時代に手に入れたものと考えられる。このように本資料は、大学図書館や記念文庫を補う側面も有している。なお前述の袋入文書資料の中にも雑誌が含まれているので、そちらに入っているものは、そのことを注記しておいた。配列は雑誌タイトルの50音順・アルファベット順である。



(法政大学大原社会問題研究所の協調会関係資料については、事務主任の御子柴啓子様にお世話になりました。記してお礼申し上げます。)



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